The BONEZ 10th Anniversary Tour 47 AREAS Grand Finale“SUNTOWN” ライブレポート

2024年4月27日

1つのバンドの、夢が叶った瞬間を見た。
そう断言出来るほど、圧巻だった、バンドマンのライブだった。

 

元々、JESSEのソロプロジェクトから始まったJESSE and The BONEZは、2013年にJESSEの冠を外し、The BONEZというバンドになった。
その当時のことは自分もよく覚えており、2013年にThe BONEZというバンドがスタートし、翌年の1月1日に、代表曲であるThread & NeedleのPVが発表され、未だにこの気持ちを表す言葉が見つからないのだが、何か不思議な魅力を持つこの曲に、ライブは見ずとも、The BONEZ、というバンドが気にはなっていた。

実際にライブを見たのは2015年と、活動を始めてから2年後に恵比寿LIQUIDROOMにて行われた、FACTとのツーマンライブが初であった。
その当時はFACTが目当てだったのだが、ライブのあまりのカッコよさに、FACTのグッズを買わずにThe BONEZのTシャツを慌てて買ったことも覚えている。
余談だが、その時に知り合った友人がおり、その友人とこの日一緒にライブに行けたのは、縁が廻り回ってきたのだなと、この記事を書きながら思っている。

 

そして、そこから9年が経ち、The BONEZが出演する数多くのライブを見た。発表された音源もリリースされたら欠かさず聞いた。BONERになってから幾年、今ではバンドグッズの中で一番多く持っているバンドになった。JESSEが逮捕され、The BONEZが動かなくなった時も、ずっとライブにはこのバンドの何かしらのグッズを身に着けていった。コロナ禍になってからの初めての東京への遠征も、このバンドのライブがあったからだった。

それほどまでに、自分の中でこのThe BONEZというバンドは、欠かせない存在になった。何度か言葉にしているが、それでも変わらずに伝えると、自分が一番好きなバンドは、The BONEZだ。

だからこそ、10周年のお祝いをこの幕張メッセイベントホールでやりますと宣言したその日に、もう約半年後のこの4/6のスケジュールは決まった。万難を排して行くことを、固く誓った。

 

と、前置きが長くなったが、先日4/6に、幕張メッセイベントホールにて、The BONEZの10周年記念のワンマンライブであり、47都道府県ツアーのグランドフィナーレでもあるスペシャルライブ"SUNTOWN"が行われた。

 

昨年のちょうど今頃から、ライブの遊び方の規制というものがなくなりだし、1か月後には、これまで通りのモッシュやダイブ上等・なんでもありなライブの光景が、よーいドンと気持ちの準備を用意するどころか、はいGO!とパンと手を鳴らした瞬間に、ワーッと一瞬でやり始めた。我慢をしていたとはいえ、その瞬発力・もとい爆発力はこの界隈にいるものとして、順応性に驚くばかりだ。

 

だが、同時に、これまでのライブが戻ったことによって、それまで規制があったフロアで、ダイブもモッシュも出来なかったからこそ、安全に見れるということで、ライブハウスの最前列に子連れの親子。それも、小学生、あるいは幼稚園児という、どう見たって若すぎる、と言える年齢の子供が一緒にいれるという、そうした遊びが出来なかったからこそ見えていた風景もあったが、それも遊び方が戻ったことによって、ライブハウスでそういったことは出来なくなってしまった。

しかし、その光景を目にしていたからこそ、The BONEZは去年の8月~9月にかけて、ツアーとは別に行った東名阪を回るホールツアーでは、全席指定であったため、また子供が、安心して最前列に行けるような配慮もなされた。

とはいえ、モッシュダイブをする人を否定もせず、かつ、子供たちにも安心してライブを見てもらいたい。
もっと言えば、このコロナ禍でライブに来た人で、モッシュダイブが苦手、という人にも楽しんでもらいたいと考えた末にたどり着いたのが、この幕張メッセイベントホールでのワンマンライブだった。

 

この幕張メッセイベントホールは、アリーナ席は全席自由・オールスタンディングのライブハウススタイル。スタンドは、全席指定になっているという、幕張メッセはホールが数多くあるが、1階と2階、のような階層分けがはっきりされているのは、このイベントホールだけである。

また、今回自分もあえてせっかくの機会だからと、スタンドにしてみたが、位置はあったものの、スタンド席でもかなり見やすかったため、もしまたThe BONEZが大きな会場でワンマンをやるのであれば、またここでやってもらいたいと思う。

 

ただ、今回のSUNTOWNというイベントでは、前代未聞のある仕様があった。

アリーナ席は、前方のSブロックと後方のAブロックに分かれていたのだが、そのSブロックに入るためのチケットとして、整理番号が書いてあるリストバンドに加え、このSブロックのチケットを買った人だけが貰えるTシャツ。それがSブロックに入れる証であり、それ以外のTシャツでは絶対に入ることが出来ない。
つまり、Sブロックに関しては、何千人もの人間が入っていたが、全員、同じTシャツを着ていたのだ。

日本全国色々なライブがあり、中にはドレスコードを指定するライブもあるが、全員同じTシャツの着用が義務付けられるライブというのは聞いたことがなかった。
全員同じTシャツ、と言葉にすると陳腐だが、それでも何千人もの人間が一人も違わず、同じTシャツを着ている光景は、上から見てみても圧巻だったのは言うまでもない。

 

と、またも前置きが長くなったが、いよいよ以下から、ライブのレポートをしていく。

開演予定時刻を15分ほど過ぎてから客電が落ち、ステージのバックスクリーンに、これまでの歴史を振り返るハイライトムービーが1年ごとに流れ出し、2024、の文字が映し出された後、We Are The BONEZのリミックスと共に、バックスクリーンにメンバーが1人ずつ映し出され、順々にステージに登場をする。

全員が揃ったと共に、It’s time to let goからスタートすると、待ってましたと言わんばかりに、Sブロックの同じTシャツを着たBONERのモッシュダイブが最初から止まらない。我慢出来ないのか、Aブロックでもモッシュダイブが行われているのが上から見えていた。

自身も上からThe BONEZのファンの遊び方・もとい暴れ具合を見たことはなかったため、目の前に繰り広げられるいつも通りの遊びは、視点が変わるだけで圧巻の光景だ。

続けざまにYou and I・GIMCRACKと、10年の歴史の中で、The BONEZで生み出した曲もあれば、JESSE and The BONEZ時代に生まれた曲も披露をする。かつ、バックスクリーンは時に自然や街の映像を映し出せば、照明が輝くこともある。ライブハウスのやり方・ホールならではのやり方の両方の側面も見られるのは、この会場ならではだろう。

 

幕張パンパンやんけ!という満面の笑みでZAXもMCで叫ぶが、JESSEも喜びが隠せないようで、笑顔を隠しきれない。
俺達の夢が叶う瞬間を見届けてくださいと宣言をし、全員の両腕を高く掲げさせてから、全員のハンドクラップや同じ動作で楽しませるNumb。一段階またギアを入れるかのようなLouderと、のっけからエンジン全開だ。故に、スタンドにいて、ダイブもモッシュもしていないにもかかわらず、こちらもじんわり汗をかいていた。それだけ、熱量がスタンド席にも届いていた。

Adam & Eveでは、終盤でSブロックにJESSEが突っ込んでいき、大勢のリフトされたBONERをかき分け、BONERに支えられながら中央後方付近まで進み、もみくちゃになりながらも歌いきる。
誰がどう見ても危ない光景にしか見えないが、実際バランスを崩して危なくなっていたファンもいた。その際JESSEは上から何度も何度も助けろと真剣に声をかけ、ファンもそれに応じ、必死に起こそうとする。これが危ない光景に見えても仕方ないが、同時にこれが、誰一人置いていかない・排斥もさせないSUNTOWNという街の遊び方の一つであり、助け合いの方法の一つである。
むしろ逆に、この光景を見て、混ざりたい、と思った方も少なからずいたことだろう。

 

ここからはThe BONEZのサプライズプレゼントと一言声をかけ、Rude Boyからスタートすると、最初のサビの前でいきなり演奏が止まった後、Moves・Breath・Revolutionのメドレーから、ラストには再びRude Boyの最後の部分を演奏するという、ニクいメドレーのプレゼントを披露する。

 

ここで再びのMCパートになると、KOKIは本当に登場段階から感無量となっていたと切り出し、3代目ギターということで、前任のZUZU・NAKAの後ということで、色々引き継ぐこともあり大変なんだよと苦笑いを浮かべながら話すが、その2人がいたからこその10年であると語り、2人への感謝も伝えると、自然と拍手が起こる。

そして、47都道府県ツアーを周り、メンバー3人やスタッフへの感謝を伝えつつ、みんなのおかげで腹を括れた。と語り、改めてThe BONEZのギタリストとしてこれからも進んでいくことを伝えると、自然と拍手が起こる。

ただ、思いのほかよくKOKIが喋っていたことに対し、JESSEが話が長いと笑いながらつっこみつつ、このバンドが生まれた経緯を語り出す。

 

2013年の1月10日、Pay money To my Painのボーカルである、Kが亡くなったということが世間一般に報じられた。加えて、命日でもある12月30日というのは、JESSEのもう一つのバンドであるRIZEのベースのKenKenの誕生日でもあるため、めでたい日と悲しい日という2つの意味合いになり、複雑な日だと語る。

そうした世間一般にKが亡くなったと報じられたその翌日に、JESSE and The BONEZとしてのライブが元々予定されており、ライブ自体はキャンセルすることなく開催された。

無論、誰もがわかっていたが、その日はライブも打ち上げも、全く楽しくなかったと語っていた。

 

だが、その日のライブ終わりの下北沢の居酒屋で、T$UYO$HIとZAXから、お前がやりたいならもう一本ライブやろうと、次のライブの話を2人の方から振ってくれ、そこから都度、ライブの予定を入れ、また次・その次と重ねていく中で、ライブのここを変えた方がいいという話し合いも生まれ出し、そうした一本一本のライブを積み重ねた結果が、今いるここだという。だからKが亡くなって0.1%良かった事があるとすれば、このバンドが生まれたことだと語る。

だが、PTP BabyzからもRIZERからも、活動当初The BONEZは否定されることが多く、逆にその2バンドのファンほど、ライブに来ない、というスタートだったため、順風満帆なスタートとはとても言えない中で10年が経ち、ここまでたどり着いたと感謝を伝える。

そんなKへの想いを込めて歌ったSun Foreverから再びライブは始まり、演奏終了後、JESSEはT$UYO$HIと強く抱き合ったのは、この日のハイライトとも言えるシーンだった。
その次には、人生はそれでも続いていくと歌った、更なるKへの想いが込められたRemember。Kだけではなく、多くのThe BONEZに関わったバンドのことを歌っているFriendsと、エモーショナルな時間が続く。

KOKIが楽曲を作ったからこそ、これまでにない曲調と聞いているだけで視界が開けていく気さえしてくるFor you、生きることへの讃美歌のような、4つ打ちのダンサブルなナンバーであるLIFEでは、2番のサビの部分で、大量の紙吹雪が噴き出し、スポットライトの煌めきと共に紙吹雪が会場中に広がりつつ、最後のコーラス部分を会場中で大合唱をすれば、大団円・ここで終わってもなんらおかしくないような、フィナーレのような光景が広がった。

 

エモーショナルなパートが終わった後のMCでは、目の前で繰り広げられるこの光景に、演奏しながらZAXも感無量になり、言葉に詰まり、一言だけ、愛してます!と大声で感謝を伝える。

T$UYO$HIは昨日前乗りし、265名程のスタッフが、本来何もなかったこのイベントホールに、今立っているステージやスピーカーなどを用意・設営をしてくれており、それも全て自分たちだけのために、というこの前日の夜の設営風景を見ていて気合が入ったと語る。

その様子を見ながらふと、19歳の時、同じようなライブの設営をするバイトで、設営が終わってから会場のスタッフをしていた中で、ピンスポットのライトを当てるテストとして、たまたまそこにいた自分が、そこの君立ってとスタッフに指示され、ボーッとその時は立って当たっていたという。
だが、そこの君、と言われたことが悔しく、いつか君、じゃなくて、自分の名前で立ってやると思い立ったという。

そして今、自分にピンでライトが当たっていて、加えて、幕張でフェスには出ることもあるが、今日は完全に自分たちだけを見に時間を割いてくれたお客さんだけしかいないことを喜び、感慨深けにしていた。

 

メンバーそれぞれが心の内で考えていた熱い想いを口にすると、JESSEはこれが、We are The BONEZ!と叫べば、そのまま今言った言葉と同じタイトルであるWe are The BONEZにへと流れ込み、続けて最新アルバムの1曲目であるLove songでは、キャッチーなのかポップなのか、はたまたカオスなのかわからない映像が後ろに流れている。だが、PVでも同様に色々なものが絡み合い、キャッチーだがカオス、といったPVだったため、激しいサウンドの後ろに流れるこの映像も、合っていると素直に思える。
The BONEZのリスタートの1曲とも呼べるRusted Carでは、JESSEはお立ち台にマイクを置き、体を屈めながらに歌う。これが40代とは思えないような、熱量とアグレッシブさが迸っている。

だが、その後のNew Originalでは、最後の最後にウォールオブデスが発生するのがこのツアーのライブでお決まりになったが、それを広げる際にテコンドーモッシュをするBONERに対し、暴れんじゃねぇ・回んじゃねぇと声を荒げて静止をさせ、自力で広げさせるようにする。
パッションは溢れ出ているが、同時に絶対にケガをさせない・危ない行為があったらすぐに止めさせる。バンド側がそれを見てすぐに注意するということは、意外と誰も出来るようで出来ない。そういったことを言えるこのバンドは、やはり人として非常に強い。

 

このコロナ禍を経て、モッシュダイブが好きな人と嫌いな人を共存させる必要性、それをしなければならないと感じ、このSUNTOWNというライブ、街を作ろうと考え、今この場所は理想だとJESSEは語る。
そして、モッシュダイブを初めて見る人は驚くかもしれないが、こいつらはこれがないと警察の世話になる。そんな奴らだけどいいヤツ。けど俺みたいに調子にも乗りやすいと、S・Aブロックでモッシュダイブをしている人間の気質を語る。
ちなみにそんな調子に乗りやすい、というJESSEもまた、ライブが始まる前の今日この日、スタッフの一人にカンチョーをしたら、突き指したというまさかの事実を語り、その腫れ具合がスクリーンにデカデカと映される。
まさか幕張メッセのスクリーンで、突き指で腫れた様子を見ることになるとは誰も思わなかったし、そう使われたのも初めてだろう。

が、実はこの突き指の話にはまだ続きがあり、この公演から2日後、JESSEが自身のInstagramのストーリーズにあげていたが、腫れが一向に収まらないため病院へ行ってみたところ、なんと骨折していたという衝撃の事実が判明した。
このライブの段階ではそうかどうかはわからなかったが、ただ、本来であれば突き指で済んでいたはずだったのが、あんな熱いパフォーマンスをした結果、骨折にまで進行した・・・のかもしれない。

 

ただ、そんなやつらを俺らは誰一人置いてかないと語り、実際にあったそうだが、以前とあるライブで、酔っ払って迷惑をかけていたファンがいたそうだが、それを外に出したらまた迷惑をかけて、もっとまずいことになる。だからこそ、ライブの中には入れないが、ライブハウスのフロアではない玄関などで少し様子を見て、良さそうなら端に入れて、ダメならまた戻すことをしていたそうだ。

それが、SUNTOWNの住人のルール、と言わんばかりのような内容であるLeafから終盤のライブが始まり、ライブハウスのことを歌ったPlace of Fire。始まる前に、石川と能登のために歌ってくれと、これまで地震があった場所のために歌われ、そして今回もまた、被災地になってしまった石川・能登のために歌われたThread & Needleと、代表曲が立て続けに披露される。

そして本編のラストには、金テープまで発射された、この日のライブのタイトルの大元となった楽曲、SUNTOWNを万感の思いで披露をし、ライブが終了した。

 

だが、まだ終われないと言わんばかりに、アンコールを求める手拍子がしばらく続いた後、スクリーンに10カウントが映される。

0になった後、ニューヨークやシドニー、ベルリンなどの海外の首都が映し出された後、重大発表と画面に映し出される。

その重大発表とは・・・

 

 

特に何もありません、という、嘘重大発表だった。

 

だが、その代わりに、これからも骨から気合いをいれてやってきますと、改めて宣言する文言が表示されると、自然と拍手が沸き起こる。

 

その重大発表を終え、改めてメンバーがステージに戻ると、ZAXは今日は全員抱くつもりで来たけど、抱かれたわぁ、としみじみそう語る。
そして、とにかく優しい人であってください。それが一番強いヤツだから。と、BONERに対して優しくあってください。と、短いながらにそうなってほしいと伝える。

KOKIもまた、それに同意し、優しいヤツはなめられるのかもしれないけど、でもそれが一番強いと同じく語る。

 

T$UYO$HIは、ああいう大きな重大発表をやってみたかったと、先ほどの嘘重大発表の経緯を語った後、こうしてこの幕張メッセイベントホールでライブをして、もちろんそれは最高だと話すが、個人としては、10000人のライブを1回やるより、1000人集まるライブを10回やりたい。そうすればメンバーにも皆にもいっぱい会えるし、ライブもいっぱい出来る。と、自身のライブへの価値観を語る。

加えて、この2020年からのコロナ禍で、曲が書けなくなったとも正直に口にし、特にこのYoursというアルバムが出来るまでの3年、コロナ禍でライブハウスではソーシャルスペースの確保や300人は入れるところに60人しか入れられない。そんな状態で皆が遊べないのに激しい曲なんか書いて意味あんのか?と自問自答し、書けなくなった時期があったと正直に語ったが、それでもこのような日々の中で感じた思いで曲を書き、結果としてYoursが生まれ、かつツアーの時には遊び方の規制がなくなり、またこうしてぐちゃぐちゃのライブが出来ることを感慨深く語っていた。

 

JESSEも同じくこのコロナ禍での話をし、2022年に2023年のThe BONEZの動きをどうするか考える中で、選択肢が2つほどあった中で、The BONEZは来年以降この状況がちょっとは良くなって、規制も少し緩くなって普通の遊びが出来ると信じ、製作を開始し、ツアーもここからやっていこうと発表がされたちょうどそのわずか1,2か月前に、遊び方の規制が解除され、ライブハウスで普通にやれる日がとうとうやってきたため、その賭けは見事に成功した。

だからこそ、そのコロナの暗い時期を乗り越え、戦い抜いたここにいる全員に拍手をと、全員が互いに対して拍手を送りあい、もしまた何か政府が言ってきたら、中指立てて、俺らはここ守って遊び方も規制なんかされないと、4年生き抜き、戦い抜いたからこその宣戦布告、もといSUNTOWNという街の長として高らかに宣言をした。

ただ、そのコロナ禍が明け、普通にライブが出来ている・全員SUNTOWNという街の住人にはなったが、とはいえそれぞれ、十人十色の生活があることもわかっており、ここまで我慢してきて今日元気をもらいに来た人もいれば、何もかも上手くいってるから元気を一緒に分けに来たという人もいるかもしれない。

また、中には元気ないどころか、死にてぇとか思っていて、実際そういったDMも貰っているとJESSEは口にした。
とはいえ、なんにも言えねぇから頑張れ、とだけしか俺は言えない。というかそれしかねぇだろ!頑張るしかねぇんだよ!と、このステージから、一言声をかけるが、その言葉には説得力しかない。

何故なら、誰よりも何よりも、ここに立っているThe BONEZがまさにその、頑張ってきた一番の体現者だからだ。

自分達のバンドのファンであれば応援されるはずなのに、なんで違うバンドなんてやるの?と、裏切りではないが、愛あるが故の冷たい言葉を最初は言われ続けた。けれども、頑張って頑張って頑張り続けたからこそ、幕張メッセまでたどり着いたのだ。
そんなThe BONEZが目の前にいるからこそ、見ているこちらのBONERも、頑張るしかないと思え、頑張ろうとまた奮起させられるのだ。

 

後数曲、心を込めてやらせてもらいますと、そのコロナ禍で生まれたThat Songからアンコールをスタートさせ、耐えた分だけ泣きなよと歌う歌詞は、まさにこの暗い時代を生き抜き、遊び方が戻った今だからこそより響き、楽曲の世界観には美しさすら感じられる。

だが、無論感動だけで終わらせるつもりがないのがThe BONEZ。Zenithではサークルピットと煽れば、フロアのあちらこちらでサークルピットが大発生する。特にSブロックは、同じTシャツの人間が一斉に回り出すその様は、圧巻だ。
更に終盤には、T$UYO$HIがステージから降り、Sブロックの後方に入り、BONERがモッシュをする中で演奏をするという、ステージもフロアも関係ない、どこでもライブが出来るような様を見せてくれる。

そしてラストは、最後の一暴れと言わんばかりに、BONERに向けて歌ったHey, Youをプレイする。
加えて終盤には、T$UYO$HIに触発されたのか、KOKIもまた、フロアへ突っ込んでギターを演奏をするという、フロントマンであるJESSEだけでなく、メンバー全員フロアへ突撃する。この自然体、いやあえて神対応と言うべきか。これこそがThe BONEZのやり方であり、そのスタイルを小さいライブハウスだけでなく、大きいホールでも崩さないことを証明してくれた。そんな約3時間の熱演だった。

 

こうして、大きい会場でのワンマンライブが終わったが、勿論これでしばらくお休み、ではなく、この先ツアーやイベントなどに数多く出演することが発表されており、今年もまた、The BONEZが各地を熱狂の渦に巻き込んでくれることだろう。

加えて、ライブで重大発表、はなかったが、今年も何か仕込んでいる、とのことなので、一BONERとしてはただその発表を心待ちにしたいと思う。

 

話は少し脱線するが、今日この日、The BONEZのライブがあった幕張メッセでは、様々なイベントが開催されていた。

何、とは言わないが、調べていただければわかるが、今日この日は、とあるヒップホップコンテンツのリアルライブも幕張メッセの違うホールであり、実際物販に間違えて並ぶ人も少々見かけた。
そんな中、綺麗な人が沢山行くのがそっち・汚いやつがThe BONEZのライブに行くなどと言われていたが、実際本当にライブに参加してみて、まぁ、うん・・・そうだね、と苦い顔を浮かべながら、自分も首を縦に振る。

だが、それほどまでに、このバンドのファンは何十年もこのバンドのメンバーを追ってきたファンばかりでもある。
もし仮にRIZEを2000年代初頭に知った人が20歳で、今も追っているとしたら40代・2010年代にPTPを20歳で知った人がいたとすれば、今も追っていれば30代と、そりゃそういう年齢の人が集まるのは必然というか、自然とそうなってしまう。

だが、故にか、そういった年齢感もあるのかもしれないが、このバンドのファンはJESSEも評していたが、警察のお世話一歩手前になりかねないが、いいやつ、ばかりだと自分も確信した。

というのも、自分もこの日物販にかなり早くから並んでいたが、一緒に並んでいたBONERの方が、地べたに座る自分を見て、それは大変だからと、持ってきていた折り畳み式の椅子を貸してくれた方もいれば、よかったらと持っていたお菓子をくれた方もいた。更にトイレに行く時も、何も言わずとも、そこをちゃんと確保してくれたことなど、本当に感謝しかないが、このようなことを見返りもなく、自然と行ってくれたのだ。
無論、これはフィクションなどではなく全て、この日自分に起こった実話である。

自分も、なるべく人に優しくあろうとしているが、周りのBONERの方も、本当に心根が優しい人ばかりだった。優しいヤツが一番強いとZAXがライブ中に語っていたが、本当にそのような人ばかりしかいないのだと思うと、改めて、このバンドのファンでよかったと、心の底から思う。

 

また話は変わるが、このSUNTOWNの公演一週間前に、YouTubeにてこのSUNTOWNへの意気込みや想いを語る47分のインタビュー映像が公開され、その中でT$UYO$HIは、別に俺らはヒーローじゃないし、と語っていた。

確かに、The BONEZはヒーローではなく、ロックバンドだ。
だが、誰かにとっては、自分の辛い時に聞いて元気をくれた・助けられた、という気持ちになった人も数多くおり、その人たちにとっては間違いなく、The BONEZはヒーローだろう。

だが、決してそうではなくても、辛そうな人に大丈夫?と声をかけたり、見返りを求めずに持っているものを差し出す優しさを分け与えてくれる人も、立派なヒーローだ。少なくとも、この日自分にそうしてくれたBONERの人は、名前も知らないが、間違いなくヒーローだった。

そのため、カッコいい大人になりたい・いい人でありたい。そう思う人がいるなら、とりあえずこのバンドを聞いて、ライブに行けば、間違いなく道を踏み外さないはずだ。

だからこそ翌日、自分も満員電車で子供に席を譲ってあげた。これは間違いなく、The BONEZのライブを見たからこそ、The BONEZならどうする?と問いかけ、自ずと回答が出たからこそ、そうした。

そうした、日常生活でもあのバンドのファンカッコいいとなるなら、それがバンドとしても一番いいはずであり、SUNTOWNという街の住人になったからには、尚のこと、気を付けて生きていきたい。
そう素直に思えたのは、SUNTOWNという街に遊びに行ったからであり、かつ、一個人としては、この気持ちをいつでも、いつまでもキープしながら生きていたい。

そのためにも、また早く、SUNTOWN・The BONEZのライブへ遊びに行きたいと、心の底から願っている。