Sunny “A DAYLIGHT DAY” THA BLUE HERB×GEZAN ライブレポート

ライブとは、非日常だ。誰かはそう言うし、実際そうだろう。

ライブハウスへ行く・フェスに行く。そこでは一日中音楽が鳴っていて、美味しいごはんやお酒もあって、普段なら一人・あるいは友達や家族で聞いている音楽が好きな人が、何十人何百人と集まるその環境は、文字に起こすだけでも、非日常・特別なもの、であろう。

 

では、その非日常的な体験をもっと非日常的な体験にするのなら?

その一つに、ライブハウスではない場所でライブがあり、そこでライブを見る、となれば、その体験はよりスペシャルなものになり、かつ、そんな体験、数年に一度、いや下手したら、一生に一度の体験になり得る、スペシャルなライブだったと、振り返って語れるはずだろう。

 

と、前置きが長くなったが、先日5月25日、THA BLUE HERBとGEZANによる、スペシャルなツーマンライブが長野県上田市で行われることになった。

この2組のツーマンライブは、遡れば2020年の2月末に東京にて行われる予定であった。
だが、多くの人の記憶に残っていると思うが、ちょうどこの頃から、ライブというものが、コロナの影響で日本全国一斉軒並み中止になっていった。
その流れに逆らえず、このツーマンも中止になった。

ただ、これは僕の記憶違いや抜け漏れがあれば指摘をしていただきたいが、おそらく、このツーマンライブの振り替え公演というものは、4年以上が経った今でもなされなかった覚えがあるため、このツーマンを4年以上待っていた、という人もいるかもしれない。

 

ただ、主催はそことは全く関係がない別の方であり、長野県でライブイベントを1年に1度企画をしている【Sunny】というイベンターが、本公演を主催している。

実際、このSunnyは昨年も、同じくTHA BLUE HERBを呼び、松本ALECXにてワンマンライブを企画していた。
その日、僕も参加しており、レポートを書いたため、もしお時間があれば、以下のリンクよりご覧いただければと思う。

Sunny vol.10 THA BLUE HERB ”ONEMAN SHOW” レポート

 

そして今回、2年連続でTHA BLUE HERB、そしてそこにGEZANまで迎えたという、音楽好きなら垂涎もののスペシャルツーマンが行われたのだが、その会場はなんと、ライブハウスでもホールでもなく、長野県上田市にある、1917年にオープンをした、100年を越える老舗映画館【上田映劇】が会場として選ばれた。

冒頭話していたことはここに掛かってくるのだが、映画館でライブが行われる、というのも、全国的に見ても非常に珍しいだろう。加えて、日本全国映画館は数多くあれど、100年を越える映画館でライブが行われるというのも、よりその希少性を際立たせている。
そこに、音楽業界全体で見ても、唯一無二の存在感を誇る2組がツーマンライブを行う。音楽好きならば、見逃さない手はなかったこのスペシャルな一夜を、レポートする。

先行を務めたのはGEZAN。ギターのイーグル・タカ(以下タカ)がバグバイプを吹きながら、それに合わせるかのようにメンバー一斉に登場をすると、そのまま誅犬にへと流れ込む。

赤いスカーフで出来た、特注の目出し帽を被ったボーカルのマヒトゥ・ザ・ピーポー(以下マヒトゥ)は、一見すると奇怪、にしか見えないが、後半でその目出し帽を取り、素顔を見せながら歌っていた後半は、見ていた印象だけ、だが、目がとても笑っているように見えた。

それは、久しぶりの長野でのライブということや、初となるこの上田市への来訪、THA BLUE HERBとの待望のツーマン、映画館でのライブ、に加えて、このライブが行われる日の午前中には、自身が監督を務めた映画【i ai】が公開され、歓迎ムード一色だったから、というのもあるのかもしれない。

 

簡単なあいさつの後、映画館でのライブということもあってか、1本の映画へようこそ、とマヒトゥは呟き、今日この日のライブが、他とは違うことを予感させる。

その予感通り、ではないが、EXTACYやAGEHAなど、名盤と名高いアルバム【狂(KLUE)】からの曲だけではなく、おそらく新曲であろう、UFOについて歌った楽曲や東アジアのサウンドを感じる、オリエンタルなサウンドにデジタルノイズを混ぜたインスト楽曲と、言葉だけでなく、音だけで見る者を圧倒させる。

加えて、演奏の途中では、メンバーは楽器を演奏する手を止め、レコーディング?と思わんばかりに全員がセンターマイクの前まで行き、全員一致で声を重ねれば、ベースのヤクモアは途中、何かの民族楽器なのだろうか、自身の背丈ほどはある大笛まで吹き始めれば、ギターのタカとヤクモアがそれぞれの楽器を置き、ドラムの前まで歩み寄ると、セッティングをはじめ、スネア等の位置を変えたと思えば、2人共にドラムスティックを持ち、3人でドラムを演奏し始める。

言葉にすると、チャランポランなことしているように思うかもしれないが、見ている間は、そんなことはまるで思わず、出鱈目に見えるような行動も全て、ちゃんと計算がなされ、数え切れない練習の上で成り立つ、緻密なまでに設計されたステージなのだと、GEZANのライブを見ながら思う中で、東京から遠く離れたこの長野県上田であっても、東京と絶叫するマヒトゥのその姿は、この曲が発表されてから5年が経とうとしているが、この曲が発表された時以上に、世界は狂った。
マヒトゥ自身、政治や社会に対するメッセージを多く発信する人間であるが、そんな彼だからこそ、喉を震わし、叫びながらも、どこか悲しみや焦燥感、怒り・やるせなさ等、様々な感情がマイクを通して伝わってくるような気さえしていた。

 

そんな終始ヒリヒリとした空気感だったが、ギターのタカが今日上田へやって来て気持ちいい風が吹いていたと、フランクなテンションで話しかけると、マヒトゥも、上田は初めて来たけど変な町、と笑かせに来たのか、はたまた大マジメに言っているのかわからないことを口にした後、街というのは当然古いものもあるが、新しいものにどんどん変わっていく。自分は東京に住んでいるからそれは尚のことだと語りながら、映画監督をしたからということもあってか、映画館、というものにフォーカスが向く中で、こうしてここは何年も残っていて、しかも100年以上残っているこの上田映劇という映画館に感服していた。

 

最後の演奏曲をやる前に、マヒトゥは、人の人生は、それこそが一本の映画だと語っていた。それは、自分が映画監督を務めたからこそ得た気づきでもあったが、今の時代は、もう10年先どころか、5年先もわからないような時代になっている。それでもこうして今日ここで生き会えたことを、優しげな言葉で話しかけるその顔には、怒りは一切なく、純粋な、混じり気なしの、ライブという神聖な場所に全員が生き会えたことを喜んでいるかのようであった。
そんな中で歌われた、様々な意味が含まれているIを、ここにいる全ての人に向けて歌った後、次はTHA BLUE HERB!と叫び、ステージを去っていった。

 

やはりこの環境下だからか、本当に珍しいと思うが、GEZANのメンバーも撤収作業を手伝うという、他のフェスやライブではあまり見られないであろう光景を物珍しげに見つつ、ほんの15分程度で転換を終えると、いよいよ後攻、THA BLUE HERBのステージが始まる。

ゆっくりDJ DYEがステージに登場し、DJの機材を操作しながら、様々な音をミックスさせた音で、それまでのロックバンドが鳴らしていた残響が残る空間を、全く違うものに染めていく。
そしてゆっくり、これまでとは異なるピアノのイントロが始まると、袖からゆっくりILL-BOSSTINO(以下BOSS)が登場をすると、クラムボンの楽曲にBOSSがゲストで参加をしたあかり From Hereから始まる。

上田はじめましてと言い、挨拶代わりと言わんばかりにWORD…LIVE・THAT’S WHEN・THE BEST IS YET TO COMEと、叩きつけるように連発する。
都度、歌詞を変え、言葉を変え、そして見ているものを鼓舞するかのように歌う。やはり、BOSSの言葉を聞くと、筆者は頑張ろう、というより、焦り、を覚える。

50オーバーでありながら、キャップに半袖のTシャツにズボンにスニーカーという、恐ろしいほどにラフな格好。レジェンドでありながら、丁寧な物腰に、感服するまでの現場至上主義。それ故に、一言一言の言葉の切れ味は、日本随一と断言出来るほど、鋭い。
故に、そんな人から、ちゃんとやんだよ、今やんだよ、お前がやるんだよ、乗り越えるのはGEZANでも俺らでもない。お前を乗り越えるのはお前だけと歌われたら、怠けてしまいがちな自分を恥じて、やらなきゃと焦って今すぐこの場から飛び出そうと思ってしまいそうになるくらい、筆者は常に思うのだ。

 

北海道に住んでいるが、昔はあそこはアイヌ民族が住んでいた中で、自分達のようなよそ者が入って暮らし始めた。150年程度の歴史しかない。歴史が好きで知っているからこそ、こうしてずっと昔から住んでいる人がいる土地というのが羨ましい。まして100年以上続いている映画館があるということを、より羨ましがっていた。

 

そんな中、自分は前の方で見ていたが、これはもう仕方ないが、一部マナーのなっていないお客さんがおり、個人的に辟易とし、途中からは後ろの方で見ることにした。
マナー諸々はもう、個々人のモラル的な部分なのでどうこう言うつもりもないし、一々もう顔も覚えていない人のことを怒ったところで徒労であり、だからといってそういった客を注意しないスタッフちゃんとしろ!などと、こちらは怒る気もない。
故に、自分のご機嫌取りも兼ねて、途中からは仕方がなく後ろで見ることにしたのだが、そこで気づいた。

これは至極当たり前なのかもしれないが・・・明らかに、音がクリアに聞こえるのだ。
そこでふと、そもそもここは映画館だった、ということを思い出し、そりゃ映画館なら、後ろの方が音が良く聞こえるのは、当たり前だよなぁ、と。
とはいえ、それはライブハウスでも変わらないはずであり、単純に前と後ろでは音量の違いもあるとは思うが、ただ、今いるここは築100年を越える建物なため、色々な作りが昔と今とでは異なっている部分もあるのかもしれない。

だが、そもそもここは映画館だ。そりゃライブハウスとは違って当たり前というか、前提としてライブをするために作られた場では無い。
当時建設に携わった人はもう1人も生きてはいないとは思うが、とはいえ、確実に言えることとして、そこまで想定して設計をしたわけは、100パーセントないだろう。
加えて、映画館なため座席指定な場所もあるが、立ち見も後に追加されたため、立ちで見る人もいたため、後ろは、ゆったり見れるライブハウスなテイストを感じられたため、あぁやっぱりライブハウスの住人としてはこのくらいの距離の方がやはり個人としても、音もだが、アーティストそのものとの距離感的にもちょうどいいな、と思い、そこにいた方には申し訳ないと思うが、移動してよかったと、心の底から思った。

 

一人そんなことを思っていた中で、先日、BOSSが22年経った今でもこのアルバムの中の曲を練習しているとXにて呟いた、2ndアルバム【SELL OUR SOUL】から、サイの角のようにただ独り歩めのラストを繰り返し歌い、歩み、生きろ、と強く訴えかけた後、Right Onで更にフロアの熱を高めていく。

だが、まだいける、と言わんばかりに、未来は俺等の手の中をプレイし、未来は俺等の手の中を大合唱させれば、たちまちフロアに拳が上がる。
この光景は、ヒップホップの現場では中々ない。1MC1DJながら、フロアと観客が一つになれる、そんな瞬間だと筆者は感じているし、この光景も空気も、THA BLUE HERBが長い歴史と、数えきれないほどのライブという現場の中で作り上げたフロアそのものなのだろう。

 

ただ、未来は俺等の手の中と高らかに歌ったものの、BOSSは冷静に、この国の現状を憂う言葉を吐き、経済も悪くなり、子供もどんどん生まれなくなっている。そんな絶望的な状況を口にしてしまうが、それでも、そんな中でも、今日ここに生き抜いて生きあわせたことを喜び、もう少しやってきますと口にしてから披露したのは、THA BLUE HERB、というユニットを一躍有名にし、何度も何度もこの曲で伝説の光景を生み出してきた、Ill-Beatnikだ。
この予想外の選曲に、フロアからは驚きの声が漏れ、先は長い、深い、言葉にならない、と重ねて歌うその姿は、人生や社会、歴史、未来、ひいては、この上田映劇という場所さえも歌っているかのようでもあった。

 

そこからのAND AGAINでは、歌詞の中にとある人物の名前を出していた。しかし、去年、その人はいなくなった。

故に、その部分を変え、チバはいなくなったけど、と歌う。

去年、松本で、Sunnyで聞いたAND AGAINと、今日この日に聞いたAND AGAINは全く別物になったと、この1フレーズにハッとさせられ、同時に、自分はこの上田映劇で昨年、チバユウスケ追悼記念で、【ミッシェル・ガン・エレファント “THEE MOVIE” LAST HEAVEN 031011】を見て、あの発表がされた後、ようやくチバユウスケの曲をまた聞けるようになったため、そういった意味でも、この場で改めて、チバユウスケに触れたBOSSに感謝しかない。
同時に、去年は真夏の真っ盛りで聞いたが、今年は5月下旬ということもあり、これから夏になるだろ、ここから本番なんだろ!と焚きつけると、フロアからは応えるかのように歓声が上がる。

 

最後に、バラッドを俺等に、をプレイするが、歌詞の内容は原曲とは打って変わり、前日の5月24日、THA BLUE HERBは愛知で行われていた、森、道、市場2024に出演をしており、今朝愛知から電車で松本までやって来て、そこから車でここまでやって来たという。
山と山の間に見える、雪がまだ残っているような山々を見て、あぁいいね、と、その道中のことを振り返って喋るBOSSの姿は、ラップというよりも、本当にただ、見てきたものをそのまま一個人として伝えているようにも見えた。

そしてもうすぐ上田へ到着となるが、曲にもあるように、DYE、昨日よりもあと少し詰めてみたい、というリリックの後、GEZANの後だから一気にやっちまうのがいいと、その日によって変えてはいるかもしれないが、GEZANとの対バンということで、この話を本当にしていたのかもしれないと想起させられる。

そうして上田に到着し、降りてすぐ気持ちのいい風が吹いていたことを感じ、リハーサル終わりに入ったご飯屋で食べたものを歌うなど、この日の直前の風景をそっくりそのまま歌詞に入れるBOSSのセンスと瞬発力、対応力は、流石としか言えない。
ちなみに、どことは言っていなかったが、おそらく、だが、その食べた店というのは、この近くにある上田の老舗街中華、檸檬のことだと思う。あんかけ焼きそばって言ってたから多分そうだと思うので、BOSSと同じものが食べたいと思った方は、ぜひご来店を。

 

ただ、本来はこれで終わりだったのかもしれないが、拍手の雰囲気を感じ、これはまだやっていいってことだと判断してますと口にし、もう一曲披露することにするが、客からの野次を冷静に諫め、俺らは1時間セットでやるなら1時間できっちり追われるようにしてる。2時間半のセットならそういう作りをする。持ち時間以上ではやらないと宣言をし、今日ここでライブを出来るようにしてくれたPAや音響の方々、ライブを企画したSunny関係者、GEZAN、お客さん全員に感謝の言葉を述べ、また会いましょうと約束をし、またこうしてこの曲で終われるような祈りを込めるかのように、今日無事が鳴り響いた。

 

終演してから外へ出ると、まだ19時だということもあり、空はまだ少しだけ明るかった。

普段、ライブといえば、それこそこのくらいの時間からスタートをするものが多いため、なんだか不思議な気持ちを抱いていたが、この空を見た瞬間に、それこそマヒトゥが人の人生そのものが、一本の映画・一本の映画にようこそ、と口にしていたように、今日この日は、まるで一本のライブのようだった。

嫌なことも嫌な人も時には出くわす。だが、それも人生。それらを避けて、違うところでものを見れば、もっと楽しいものが見えてくる。それはまるで、人生そのもののようではないだろうか。
勿論、逃げ出すとは何事、という人もいるかもしれないが、ライブの時くらい、楽しみたい。安くないチケットだ。神聖な場所で、ただ音楽と鳴らす人間と、一対一で気持ちはぶつかりあいたいが、そうもいかないこともある。

けれど、そういった、良い悪い全てひっくるめ、最後に自分が楽しかったと言えれば、それこそハッピーエンドで終われる映画のようではないだろうか。
そんなこと思いながら、帰りの帰路についた。

現実ではあるが、まるで白昼夢のような時間であった。