BRAHMAN Tour -Hands and Feet9- 上田Radius ライブレポート

2023年11月5日

当たり前な話をするのだが、2000人キャパシティのライブハウス。それこそ、Zeppレベルのライブハウスを普通に埋められるアーティストが、その10分の1にも満たないキャパシティのライブハウスでライブをやったら、ヤバいことになるなんてのは、チケットを手にする前からわかりきっていた。

もちろんライブが凄かったのは言うまでもないが、それ以上に感じたのは、バンドの進化、いや深化とも言うべき新たなスタイル。そして、今回のツアーをする、意義だった。

 

日本を代表するハードコア・パンクバンド、BRAHMAN。

そのBRAHMANが、不定期に開催しているツアー、それがTour -Hands and Feet-だ。

未踏の地や訪れたことのないライブハウスを中心に回る事をコンセプトとして2003年より定期的に行っているこのツアーは、ライブに頻繁に参加するような方であっても、聞き馴染みのないライブハウスばかりが名を連ねている。

故に、未踏の地や訪れたことがないライブハウスは、当然ながら地方のライブハウスが多く、当たり前だが、そんな地方には2000人が入るようなZeppクラスのライブハウスなんてない。どこもかしこもが、キャパシティ的には狭い、としか言いようがない会場ばかりであり、1000人規模のライブハウスは今回、ひとつもない。

 

そんな中、今回のツアーでは長野県にも来ることが発表され、上田市にあるライブハウス、Radiusで行われた。
今回、幸運なことに、このライブのチケットを奇跡的にゲット出来たため、縁あって行けることになった。

 

この上田Radiusというライブハウスは、160人程度しか入らないライブハウスということもあり、フロアとステージのエリアはゼロ距離であり、当然、立派な柵も無い。加えて、そんな小ささなため、1番後ろにいてもメンバーの顔が見える。

 

そんな接近戦な中で行われた、約50分、一本勝負のライブ。

全身全霊でフロアとBRAHMANがぶつかりあった中で、ただただライブを楽しむだけではなく、お互い、何を守らなければならないか。そんなことを気付かされた、壮絶な一夜のライブをレポートしていく。

 

 

今回のツアーは、各公演対バン、つまりゲストバンドを招いているのだが、公式にはアナウンスされていないのだが、今回の対バンには、共通のテーマがある。

 

それは、地元のバンド、ということだ。

 

ただ、地元のバンド、といっても、今回行われた長野県なら、長野県出身のバンド、ということではない。

この、上田Radiusがある街、上田市出身の、バンドが出るのだ。

なので文字通り、地元のバンド、なのだ。

 

そして選ばれた上田市のバンドというのが、昨年、第14回CDショップ大賞2022にて、地域ブロック賞作品の甲信越ブロック賞に選ばれたバンド、youthだ。

このyouthというバンドは、12月からバンド名を変え、【human.】(読み方は"フマン"という)というバンド名に変更するため、youthという名前でバンドをする残り僅かの機会に、とんでもない大一番を迎えることになった。

ちなみに、ではあるが、群馬にもYOUTHというバンドがいるのだが、それとは全く別物のバンドなので念の為伝えておく。

 

SEと共にメンバーが登場し、長野県上田市出身のyouthですと挨拶をすると、ライブをスタートしていく。

音源を聞いていた時には、オルタナティブなサウンドであったため、かなり硬派、ではないが、いわゆる、今どきのバンド、というものを想像していた。

しかし、リズム隊であるベースのミナミハルヤは、頭にバンダナを巻き、所々服が破けているという、かなりパンキッシュなスタイル。方やドラムの溜田和生は最初から上半身裸で、かつ、昨今でもあまり見ない、タムのないドラムセットは、パンクバンドを想像させる一方、ギターの大井翔太は、これぞギタリストといった職人気質すら感じさせるような、スマートな印象を受ける。

そして、フロントに立つボーカルの87noは、歌い方もだが、何か惹きつけられる要素がある。
歌い手としても、繊細な歌い方もそうだが、どこかいい意味で、触れたら壊れてしまうような危うさを秘めた雰囲気を感じさせるのだが、歌っているその姿は非常に凛としており、かつ、物怖じが一切なく、何かを求めるようにピンボーカルで歌うその姿は、バンドマンというよりも、まるで平成を更に戻して、昭和歌謡の歌姫かのようにも見えてくる。

そんな見た目とは裏腹に、等身大の想いを歌にしている。格好をつけすぎず、背伸びをして良く見せようという雰囲気もない。本当に、ありのまま、という言葉しか当てはまらないのだが、そんな歌詞とメロディー、ボーカルの87noの声が乗ることで、そのありのままの歌詞が、より深く心に刺さってくる。言葉の刺さり方だけで言えば、BRAHMANにも全く引けを取っていなかったと感じた。

 

改めて挨拶をすると、この地元の上田にBRAHMANが来て、そして縁があって今回対バンとして出演することを喜びつつ、普段では出会えないお客さんばかりですがと丁寧に言葉を紡いでいき、ただ出たからには地元代表として少しでも空気をあっためていきます、と、挑発もせず、かといって謙虚すぎないMCから、拝啓、僕。を歌うと、一瞬でエモーショナルな空気に会場を包む。
段々と、ではあるが、BRAHMANのファンも、そのステージングに魅了されていき、目を離せなくなっているような雰囲気があった。

センチメンタルで、どこかヒリついた言葉とサウンドが特徴的なユメノナカでは、この小さなライブハウスで見ていることが凄く贅沢なことだと思えるような、スケール感すら感じられた。

言葉で伝えるのはあまり得意じゃないですが、それでもこうして今日見てくれたから、また、あなたと会いたいです。と最後に、これが縁の始まりと言わんばかりに、はじまりのうた、で30分程度のステージを締めくくった。

 

youthからしても、この日は間違いなく、いつもの何倍も気合が入っていたライブだったのは、言うまでもないだろう。
客層もおそらくではあるが、普段ライブにいない人ばかりであり、100パーセントアウェーな環境だったには違いない。

だが、ライブが進むにつれ、体が動く人が自然と増えており、最後のはじまりのうたでは、後ろの方でノリノりで手をあげている人すらいた。

個人的にも、この日当然初めて見たのだが、とても良かった、の一言だった。
今はまだあまり知名度がないのかもしれないが、この先、大いに化ける可能性すら感じられる、というよりも、もうすでに、バンドとしてかなり完成しているようにすら感じた。

少なくとも、今日この日見たことを、数年後に自慢出来る。そんなライブだった。

 

その後、20分足らずで転換を終え、19時ちょうどに客電が落ち、お馴染みのSEであるブルガリア民謡のMolih ta, majcho i molihが流れると、一瞬にしてピン、と張り詰めた空気と興奮が入り交じる中、ドラムのRONZIがゆっくりとシンバルを鳴らしていき、転調の激しい時の鐘から始まると、ボリビアのユニットSemillaのカバーであるMIS 16と、そこまでライブでも披露されることのない2曲から始まり、こういうスタートかと思っていると、お馴染みである賽の河原が始まると、会場は一瞬にしてモッシュピットに包まれ、ダイブもまた増えていき、柵が全くない環境だからこそ、時にダイバーは長時間宙を転がれば、ステージダイブで戻るなど、これぞ小箱の、ゼロ距離のパンクバンドのライブが目の前に広がっていく。

BRAHMAN流のハードコア・パンクとも言える雷同・Epigramと、静と動、いや動しかないのだが、緩急激しいサウンドで捲り立てつつ、時にTOSHI-LOWはマイクスタンドを宙高く真っ直ぐ掲げると、その先端が天井のケーブルに当たっていた。
これくらいの天井の低さのハコなのだ。当たり前だが、こんな狭い箱でいつも通りのBRAHMANのライブが繰り広げられたら、熱量がのっけからMAXになるのも当たり前だ。着ていたTシャツだって、もう汗でビショビショだ。

ただ、もう間もなく結成から30年になるにも関わらず、未だにフェスに出ればメインステージが当たり前であり、Zeppクラスのライブハウスも埋められる。これほどの人気があるバンドが、小さなライブハウスを細かく周り、加えて徹頭徹尾、一切の手を抜かないその姿勢は相変わらずであり、見ているこちら側も、もっと頑張らなければならないと、姿勢を正さなければならない気さえしてくる。

 

明るいサウンドのゴダイゴのカバー曲のCHERRIES WERE MADE FOR EATINGでは絶えずダイバーが宙を舞い、BOX・BEYOND THE MOUNTAINでは掛け声も手拍子も綺麗に揃う。ファンの年齢層が比較的高いからこそ、この曲なら次に何が来るかもある程度予想が着く。そんな風に追い掛け続けてきたフロアの信頼感を感じ、これぞBRAHMANのライブだと思っていた中で、ここからだった。筆者が、BRAHMANのライブが変わった、と感じたのは。

 

10年程前の楽曲でありながらも、未だに意味やパワーを、悪い意味で持ってしまう遠国は、10年以上が経ち、良くなるどころか、刻刻と酷くなっていくこの国を憂うかの如く、焦燥感たっぷりに歌い上げると、RONZIのドラムとKOHKIのギターで、次が警醒だというのがすぐにわかった。

コロナ禍前であれば、大抵この楽曲でTOSHI-LOWはフロアに飛び込んで、支えられながらダイバーと揉みくちゃになりながら歌うのが当たり前だった。だが、この曲で個人的に初めて見たのだが、フロアに飛び込まず、TOSHI-LOWはステージで歌っていた。

そのことに驚きつつも、更に磨きをかけたハードコアサウンドが特徴的な不倶戴天では、最後のサビの部分では、当時MVが公開された直後、最後の部分でこれまで見た事のない、白いTシャツで笑顔を浮かべるBRAHMANのメンバーに多くの人が驚いていたが、ライブでもMAKOTOがパッと明るい、を通り越し、感情が全開に出ていて、半分、怖いと思ってしまうような笑顔を浮かべていたのに驚く中で、TOSHI-LOWは、即ち、を繰り返していった最後の最後に、許すってことだ、と、それまで立てていた中指に加え、人差し指も立て、ピースをし、それに釣られたフロアもピースをすると、TOSHI-LOWは次々とハイタッチを交わしていく。

けれど、まだ終わってないよな、とボソリと一言言うと、発表された当時から今まで、12年に渡り、未だに問題が起き続け、今も尚揺れている福島第一原発の問題から、権力への問を歌にした鼎の問を歌えば、フロアは自然と握り拳が挙がる。

 

アルペジオをKOHKIが鳴らし始めると、TOSHI-LOWは、ほら、俺が言った通りだったじゃん。とステージ上から初めて語り掛ける。
演奏が始まる中で、人生で最も素晴らしい夜は、いつだって、今夜だ、って。だからもっと歌ってよ。と語り掛け、映画、あゝ荒野にも起用された今夜を歌い上げると、TOSHI-LOWはフロアの前方ギリギリまで近寄り歌う一方、フロアもまた少しでもと、手を伸ばしていく。

人生最高の夜は、いつだって今夜だと言っていたが、それはこの日参加した誰もがわかっていた。なら、あぁ今夜終わらないでと歌っていたが、それは本当にその通りだった。今こうしてこの日のことを認めているが、未だに、この時間に帰りたいと思ってしまう。
筆者は何年も経ってようやく、この曲の歌詞の本当の意味に気付けたかもしれない。

 

まだコロナでマスク着用・声出し禁止の中で、歴史上初となる、モッシュ・ダイブ禁止で、椅子のある状態で行ったツアーで発表され、静かに踊れというメッセージながら、この日演奏されたどの曲よりも一番派手なフロアが動いたSlow Dance。
孤、そして、強くと、何十年にも渡り歌い続けてきた名曲ANSWER FOR…と、新旧の名曲を立て続けに披露した後、TOSHI-LOWは、いいよな、地元にライブハウスがあって。サマーウォーズで見たよ。と喋ると、フロアはまさかのワードに笑いが起きる。いいよな、地元にいいバンドがいて。いいよな、楽しそうに見れてて。と、この今ライブに参加をしているファンの心情を言い当てるかのように、次々と言葉を言っていくが、そんな幸せそうな言葉とは裏腹に、緊張感が増す、とある楽曲のイントロを演奏していく。

でもな、大事なもんはあっという間に、一瞬で奪われちまう。俺達が本当に大事にするべきなのは、あのライブハウスであのバンドを初めて見たその日の気持ち。それを忘れるな。と、最後に、初期衝動を叩きつけ、ステージを去っていった。

 

この日、筆者もコロナウイルスが世の中に出始めて以降、初めてBRAHMANのライブを見た。年数で言えば、約4年振りだった。
その間も勿論ライブをしていることは知っており、配信で行われたライブも見た。無論、コロナ禍前の壮絶、とも言えるBRAHMANのライブにもしょっちゅう参加をしていたため、どんなライブなのかもわかっていた、つもりだった。

 

だが、この日見たBRAHMANは、これまでのどのライブとも違った。

それは、MCをしていなかった頃のBRAHMANのように、ノンストップでライブをしていたスタイルでもあれば、語り掛けて、何かを考えさせる、MCをするようになったBRAHMANのライブの雰囲気もあるという、コロナを経たからこその、また新しいBRAHMANのライブスタイルだった。

 

それと、個人的にこれは感じたことだったが、この日のセットリストは、何かを考えさせるかのようだった。

序盤はBRAHMANの定番のライブ、といった流れだったが、遠国~鼎の問は、この現状の日本を一緒に考えていこうといった気持ちを、言葉にはしないが曲の並びから感じつつ、今夜で、明日がどうなるかわからない中で、今日この日のライブはたった一回しかない。だからこそ、今日は人生で一番最高の夜だから、今日が終わってほしくないという気持ちを、代弁してくれるようでもあった。

Slow Danceで、コロナ禍を乗り越えた再会を喜びつつも、決してそれを過去にしないかのように歌い、だからこそ、人として強くあれ。TOSHI-LOWの言葉で言うならば、人間として気高く生きる道を選択します、と言わんばかりのANSWER FOR…。
そして最後の初期衝動の前の言葉で、何故こうしてHands and Feetを開催しているのか、その意味が少しだけわかったような気がした。

 

今回のツアーグッズには、クージーが売られているのだが、そこにはSUPPOT YOUR LOCAL、と書かれている。文字通りだが、地元を支援しよう、という意味だ。

だが、今はこれが、本当に大事だと感じている。

 

このコロナ禍で、多くのお店が無くなった。無論、ライブハウスも例外ではなく、無くなってしまったライブハウスは、数知れずだ。

そんな中でTOSHI-LOWが最後に言った、大事なもんはあっという間に、一瞬で奪われちまう。
裏を返せば、大事なもんがあるなら、自分達の手で守れ、ということだ。

故に、今回のツアーは、多くの会場で、店頭販売が実施された。それは、地元のお客さんを優先したいというBRAHMAN側の意見なのだが、この日のライブを通して感じたのは、ただそれだけではなく、このライブハウスが良いと思ったら、地元なんだからサポートしていけよ。と言っているような気がした。

そうして、地元のライブハウスを支援する。つまり、ライブハウスに行くということで、そのライブハウスは続いていき、そして、そのライブハウスから、ロックバンドが生まれ、そしてまた次、次・・・と繋がっていく。
当たり前だが、ステージが無ければ、バンドはライブが出来ない。ライブが出来ないと、当然だが、バンドは減る。そうしたら、後に続くバンドは生まれなくなる。

だからこそ、大事なものは、自分達の手で守り抜かなければならない。ローカルなら、尚更に。
それを気付かせるために、今回、Hands and FeetをBRAHMANは開催し、かつ、あまり普段有名なバンドが行かないようなライブハウスに絞ったのではないのだろうか、と。

 

そんなことを考えながら帰り道車を走らせていると、途中、ギターを背負った、おそらく部活帰りの女子高生の4人組を見かけた。

こんな女の子達にこそ、今日のライブを見てほしかったな、と思いつつも、こういう子達の居場所として、ライブハウスはあるのだ。そして、そこを支援して、守っていくのは、誰でもなく、地元の人間なんだ。

そんなことを思った、帰り道だった。