座間事件から考える自殺について。そして僕はネット友達とこう付き合ってきた。

2019年5月3日

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記憶にも新しいとは思いますが、神奈川県座間市でTwitterで募集した自殺志願者9人を殺害した事件。
白石隆浩容疑者が、Twitter上ではとても礼儀正しい人物だったにもかかわらず、現実ではとんでもないサイコパスだった・・・という認識になっているんでしょうか。

この一件でTwitterのルールも以前にも増してより規制が強化され、暴力やスパム等を助長する行為を禁止すると発表されました。
このニュースの後なので、自殺や死を連想させる言葉を規制しろ!という考えの人がいてもおかしくはないと思います。
ですが、私個人の意見とすれば、「自殺」や「死にたい」という単語が規制されなくてよかったと思います。

なぜかといえば、簡単です。

 

 

『その人が本当にしんどくてSOSを出してる』

 

 

からですよ。
そうじゃない場合もあるかもしれませんが、本当に深刻にヤバい人は文面からわかります。

どうしてそんな事が言えるのかというと、自分もそうだったからです。Twitterをある種救難信号を出す場所だと思って使っていたこともありました。

そんなかつての僕についてのことを記事にしたので、よろしければこちらも併せてご覧いただければ幸いです。

そんな経験から、ぼくが思う死にたい・自殺したい、と考える人の心持ち、それをSNSで言う理由、またネットで出会った友達との付き合い方について、私の体験談から述べさせていただきたいと思います。

なぜ死にたいっていうのをSNSで言うのか

現実でそれを吐き出す場所がないから

例えば、普通に生きているこの現実で「死にたい」っていう言葉を何の気がねもなしに、誰にも文句を言われずに言える場所って、この現実にあるでしょうか?

 

それを外で言ったら、100%狂人を見るような目で人から見られると思います(むしろ、そっちをする方が自殺の何倍も勇気がいるかもしれませんが・・・(笑)

仮に、言うとしたら、自宅になってしまうんでしょうか?

 

と、自宅という場所を挙げましたが、仮に自宅でその言葉を吐き出していたとしても、アパート等では隣に誰かがいる状況では中々声を大にして言えないと思います。

また、家族と同居している場合でしたら、家族が近くにいるという緊張感からまず言えないとも考えております。

そう考えると、先ほど挙げた自宅という、唯一言える場所も無いものに等しいと思います。

 

そうなってくると、その死にたいという言葉を発する場所が生きている現実にはどこにもなくなってしまう。

でももやもやした気持ちをどうにかしたいが為に、現実の代わりにその気持ちを発言していく場所としてSNSを使っていくのだと今になって私はそう感じております。

死にたい=構ってほしいという気持ちがあるから

これは個人的にその死にたいと思っていた時に一番欲しかったことなんですが、そういう状況で一番欲しいのは、同情だったんです。

 

死にたい時というのは、物凄く精神的に落ち込んでいて、誰かの助けが欲しくなると感じていました。

ですが、そういう時に「死んではだめ」や「頑張れよ」、「大丈夫だよ」っていう言葉(今ならそう言ってくださった方々の気持ちが大いにわかります。あの時言ってくださった皆様には本当に感謝しております。)をまっすぐに受け止められず、そういうプラスな言葉より、SNS等をエゴサして「死にたい」という同じ考えを持っている人の言葉の方がすっとその時は入ってくるんですよね。それが知らない人であっても、同じ気持ちの人がいるっていうだけで大分和らぐんです。

 

おそらく、今回の座間市の事件での被害者の方々も、こういった気持ちを持っていたんじゃないかなと思います。白石容疑者が話を聞いてくれるというのが今回のケースでしたが、実際死にたいと思っている人は、知っている人であろうが知らない人であろうが話を聞いてくれるだけで嬉しくなるんです。。

 

私の痛みをわかってくれるっていうだけで、気持ちも楽になってしまう。
だからこそ、同情というのが死にたい人にとっての一番の特効薬であり、同時に麻薬だったりすると思うんです。

ネットでの友達とどう付き合っていくべきか

初めて会うとなった際、期待値を低く臨むべし

よく、Facebookはスーツを着た姿、Twitterはプライベートな姿なんていう風にネット上では言われておりますが、そもそも、100%自分を出してることなんてあるのでしょうか?

 

人間、誰しも言えないことや言いたくないことなんて1つや2つどころじゃなくて、沢山あると思います。

 

また、ネット上という、相手の風貌も性格もしゃべり方も見えない世界です。相手の事は会うまでは自分の想像上で作り上げた人物像なんです。かつ、その想像上の中ではどうしても綺麗に描いてしまいがちです。
その為、いざ会ってみてこんな人じゃなかった・・・とかショックを受けてしまうことも多いと思います。

 

そんな時にぼくがオススメしたいのは、最初に会うとなった際には、期待値は10%で臨むということです。

期待値がどうしてこんなに引くいのと思われた皆様。理由は簡単です。

 

会って失望した時のダメージが少なくなるからですよ(猛爆)

 

というこれ、割と真面目なアドバイスだったりします(笑)

 

重複しますが、実際に会ってみないとその人の事はわからないです。だからこそ、会った時にそのまんまの人orそれ以上に良い人だった!っていう風に自分自身で思えるハードルを低く設定しておくのです。

そうすれば、どうあっても自分が決めた最低ライン以下の評価にはならないですし、そのハードルより期待値や満足度が高ければ、自然とまた会いたいって思えてくると思います。

そうやってまた次、また次と会う機会を増やしていけば、その人とはネット関係なく、ただの”友達”になってくると思います。

嫌われちゃってもまっ、いいや/この人合わなかったな~の精神でいる

ぼくはおそらく、普通の人よりもネットやSNSで知り合った人と多く会ってきたと思います。

当然、その中で会ってその日で嫌われたっていうことも数多くあります。
逆に、会ったその日でこの人、なんか合わないな・・・って自分から思ってその後関係を絶った、ということもありました。

こればっかりはしょうがないところではありますが、これこそネットの文字だけでは見えてこない実際のその人の雰囲気だったり行動だったりするのです。

 

これをうまく受け入れられるかどうかはその人の技量にもよりますが、たとえそこで嫌う/嫌われたとしても、そこまで気にしない方がいいと思います。
嫌われたとしたら、しょうがない。この人とは合わなかったんだってすぐに気持ちを切り替えて、新しい交友関係を作っていくことの方が大事です。

終わった関係より新しい関係!

そこから新しい人脈が次々と生まれてくることも自分自身が多々ありましたので、逆に皆さんもその嫌われたということ=新しい関係を作る時と発想を切り替えて、新しい出会いから面白い広がりが生まれることを祈っております。

隠し事の一つ二つあって当然と思える心構えでいる

どんな友達だって、知られたくない事の一つ二つ絶対にあると思います。ましてや、SNS、もっと言うとインターネットに自分のそんな知られたくない情報を載せるわけがないじゃないですか。

前の項目と重複しますが、100%の自分を出してることなんてありえないです。

でも、その人の人となりを知る事はできます。そんなの、会って話してなんならそのまま飲みに行けばおそらくですが、8割方こいつこんなやつかぁ~ってのはきっとわかると思います。そこで好きになるか嫌いになるかは自分自身が決めることだと思います。

隠し事もある、でもこの人が好き。
そう言える関係を築くことは、ネット友達であろうがリアルの友達であろうが関係ないと思います。

終わりに。これだけは知っておいてほしいこと

今回の事件で、世間一般の目からは「SNS、もといネットで繋がって実際に会うのは危険だ」という風潮がより蔓延したと考えております。
ですが、ぼくは決してそうは思いません。

正直な話をすると、リアルの友達よりネットで繋がった友達の方が数は多いです。また、実際に会うことも頻繁にあります。

 

その人たちと話をしていると常に楽しく、またぼくが落ち込んでいる時に励ましてくれる、本当にいい方々ばかりです。

 

多分、思うのですが、今回の白石容疑者のようなサイコパスと呼ばれる人と出会う確率は、本当にごくわずかだと思います。

 

それに出会うよりも、いい人に出会う確率の方が高いと思っております。

 

その出会いの中には、ぼくのように、人生を振り返った時に、この人とこの時に出会ったな~。でまさかこんなズブズブな関係になるなんてなあぁ・・・って思い出し笑いが出来るレベルのいい出会いが出来ることもあります。

その中で出会った方の一人の言葉を借りると

 

「友達作りのツールが変わっただけでネットも友達作りの一つ」

 

なんです。

こちらの記事で、僕がネットで作ってきた友達作りのこと。そしてその関係性がどれだけ素晴らしいかということを僕の体験談としてより詳しく記しましたので、こちらも併せて読んでいただけますと幸いです。

ネット上で好きなもので繋がった仲だとしても、ピンチの時に助けてくれる心強い存在になるよ


 

今が不安でどうしようもない人、死にたくなっている人が、ネットを通じてそんな思いを克服できるような出会いがあることを祈っております。死ななかったからこそ、ぼくはこうして言いたいと思います。

なんなら、ぼくも相談に乗りたいです。3年半もこんな気持ちを患っていたので、きっと力になれると個人的には思っております。
なれなかったらごめんなさい(笑)

長くなりましたが、今回はここで失礼いたします。
それではまた、次の記事で。

生活

Posted by naishybrid