あの夏の正解レビュー【甲子園のない夏を生きた球児達の物語】

2021年9月1日

先日になりますが、2年ぶりに開催された全国高校野球選手権大会・甲子園が閉幕しました。

今年は決勝戦がまさかの智弁と名の付く2校が対戦という、初めてのケースが起きましたが、結果は智弁和歌山が優勝をしました。

 

しかし、甲子園は終わりましたが、決して無事に終えた、とは言えなかったのが今年の大会でしょう。

長雨による何日にも渡る大会の中止や、雨によるコールドゲームという、勝ったとは決して言えない幕切れで終わった試合もありました。

 

そして、今も猛威をふるう新型コロナウイルスは、甲子園・そしてその前に行われいた県大会から影響をずっと与えていました。

事実、宮崎商業と東北学院の2校が甲子園に出場し、一回戦を突破した中で、選手内に新型コロナウイルス発症者が出たため、この後の出場を辞退することとなりました。

 

去年、新型コロナウイルスにより、戦後初めて春・夏ともに大会が中止されることとなり、今年はついに待ち望んでいた球児たちの夏が来た!という心持ちで誰もがいたのでしょうが、ふたを開けてみれば順風満帆とはとても言えず、むしろ去年の方がまだよかったのでは?と一瞬思ってしまうほど、傍目から見れば辛い夏だったと感じます。

 

そんな去年、戦後初めて全国高校野球選手権大会がなくなった夏で、高校球児、そしてそれを指揮していたかに密着した一冊の本があります。

それが、今回の記事で紹介させていただく『あの夏の正解』という本です。

今回は、この本について紹介をしていきます。

この本について

あの夏の正解は、『早見和真さん』という『ひゃくはち』や『イノセント・デイズ』などの代表作で知られる小説家が書いたドキュメンタリー本です。

元々高校球児であり、デビュー作となったひゃくはちでは自身をモデルとした、ベンチ入りを目指す補欠球児の物語であり、のちに映画化もされた作品です。

そのひゃくはちを映画化する際に、脚本と監督を担当し、のちに実写映画化された『宇宙兄弟』の監督としても知られる『森義隆さん』もまた、この本の登場人物の一人であると同時に、森さんがきっかけでこの本が生まれたのです。

 

愛媛県に住んでいる早見さんと、石川県に住んでいる森さんは去年、夏の高校野球選手権大会が中止になるということをきっかけに、森さんは石川の強豪校であり、あの松井秀喜さんを輩出した星稜高校の野球部を追ってみるという話を早見さんにしました。

それならばと、早見さんもまた、愛媛の強豪校である済美高校の野球部に密着しようという事になり、星稜と済美の2校の夏を追った。というのが本作のメインストーリーとなります。

また、早見さんは済美だけでなく、石川の星稜にも車で足を運びインタビューと密着取材を行い、4か月にも満たない密着が終わる頃には、愛媛⇔石川間を、合計で3回も往復していたと本文にはあります。

 

早見さんがインタビュアーとして、両校の監督・球児に話を聞いていく流れとなっていますが、このインタビューで特徴的なのは、球児に話を聞く際、スタメン・ベンチ入りの選手だけでなく、補欠の部員たちにもインタビューを行っているところです。

これにより、チーム間の雰囲気や、スタメンの選手からは見えてこない視点からの話があることにより、話の深みが広がっていきます。

レビュー

先ほど紹介したように、この本は去年の新型コロナウイルスにより、全国高校野球選手権大会がなくなったところからスタートをし、最後のその日まで、今年の3年生たちがどのような想いで日々を過ごしていくのかという話になります。

 

レギュラーの部員・そしてベンチにすら入れない補欠部員。その両方に分け隔てなくインタビューを行い、それぞれの目線からの話を高校生たちの口から話していきます。

中でも、当時星稜のキャプテンであり、現在ヤクルトに在籍している『内山壮真選手』の口から語られる言葉は、高校生とは思えないほどにしっかりした価値観を持ってインタビューに応えておりおり、実際、インタビュアーでもある早見さんも手を抜けないと肌で感じ、本気でインタビューに臨んだと記載があります。

 

しかし、話が進めば進んでいくほど、実はこの内山選手が、周囲の様々な期待を一身に背負う、いや知らず知らずのうちに背負わされた。とも言えるほどに様々な気持ちによってがんじがらめになっており、たった一人の高校生にここまで背負わせていいものなのか?と、読んでいくと単純に高校野球に対して清廉潔白なイメージを持って応援し続けることは、良いことではありますが、それが選手にとって、特に有名校や強豪校になるほど、それはプレッシャーにしかならないのではないか?と、好きなものに対する応援の仕方を疑うほどです。

 

これ以外にも、レギュラーではない補欠の部員たちのインタビューもまた読みごたえがあり、甲子園がなくなった中で野球を続ける理由は、モチベーションは何か。そして、イレギュラーな状況になったことで見える自分の役割・能力・そしてこれからの未来についてなど、各部員それぞれの目線で語られる自分と2020年の夏。は、成人にもなっていない、高校生からこんなしっかりとしたビジョンを自分の口から語っているのは、大人が読んでも感銘を受け、腐っている場合ではないと自身の身の振り方を直さざるを得ないです。

 

ただ、この本ではもう一人、いや2人、球児と同じくらいに主役を張る存在があります。

 

それが、監督です。

監督もまた、この本では主役の立場にいる存在です。

 

甲子園がなくなったというのを、当然ですが球児たちよりも先に聞く立場に監督はいます。

これまで甲子園・甲子園と口酸っぱく言ってきた中で、その単語が何の意味も成さなくなった。明確な一本の道が突然形を無くしたのです。

なので、球児だけでなく、監督もまた、全くもって未知の夏を過ごすことになることが確定しました。

 

そのため、監督という、球児を教え・導く立場として、甲子園がない夏にどう向かっていくのか・球児たちに満足して部活を終わらせられることが出来るのか。を必死で考え、悩みに悩みぬいて球児たちと向き合う姿が描かれています。

 

事実、本の中でも監督たちが出した方針や采配を球児たちに共有した後、あることから済美・星稜両校ともに苦しめられることとなります。

のちに方針を変えることで軌道修正が出来たのですが、それも球児たちを思いやる愛情から出たが故の方針であり、それによって喜ぶ球児も出れば困る球児も出たこともまた、事実として記載がされています。

 

それほどまでに監督とは、発言に対してしっかり責任を持たなけければならないという、指導者としての覚悟や責任感に加え、一歩間違えれば球児たちを苦しめることにもなりかねないという危険性も考えて発言をしなければならない。でもそれぞれ一人一人に愛情を持っていなければそれは出来ない・言うことが出来ない。

監督という立場が大変なのは理解していましたが、それでも改めて、これほどまでに監督とは大変なものなのかを、この本には如実に描かれています。

 

なので、この本は高校生たちの話でもあり、同時に監督という、彼らの一番近くにいる大人の苦悩の物語でもあるのです。

今年の話

そして、これは本には書かれていない、いや描くことが出来なかった、2021年の話となります。

 

今年の済美・そして星稜の両高校についてですが、済美高校は予選2回戦で敗退という結果になりました。

コロナ禍で練習が思うようにいかなかった・単純に他の高校が強かった。あるいは、それこそ運・・・など、色々な理由はあるかと思いますが、これといった理由は当人たちにしか分からないでしょう。

 

そして、星稜に至っては、石川大会の途中で新型コロナウイルスのクラスターが部内で発生し、途中で出場を辞退することとなりました。

 

星稜のように、試合で負けたこと以上に、今年の問題となっていることが、コロナ(デルタ株)の感染により、県大会の途中であっても、甲子園であっても、チーム内に感染者が出たことによりどれだけ勝ち進んでいたとしても、途中で大会を辞退をしなければならないという事態です。

 

もちろん、感染者を増やさない為にも辞退をしなければならない必要性もわかります。

ただ、こんな終わり方で、3年間の高校野球生活が突如として終わりを迎えるというのは、去年以上に悲しみしか生まれないです。

 

甲子園という、明確なゴールがなくなった中で監督・高校生・保護者・学校側など、高校野球に関わる様々な人達がゴールがない中で自分で考えて出した答えを元に、この夏のゴールを決める。

去年だけで言えば、十人十色の正解があり、1つも不正解がない状況でした。

 

ですが、今年は甲子園という明確なゴールが復活しました。

選手は厳しい練習を頑張り、監督は勝つチームを作り上げる。という、従来の野球生活が戻りつつあり、これがあるからこそ、全国どの野球部もモチベーションを維持出来ていたところでしょう。

 

しかし、その当たり前を取り戻しつつある中で、その頑張る気持ちをあざ笑うかのように、コロナがカウンターとして高校生を襲う現状が今年です。

 

なってしまったが最後、どこまで勝ち進んでいたとしても、その時点で大会を辞退しなければならないため、言ってしまえば3年生の最後の夏は強制終了となります。

感染した人が決して悪ではないですし、その選手は1日も早い完治を願うばかりです。

 

ただ、これは嫌なことを言うかもしれませんが、正直、なってしまった仲間に対して自分たちの野球生活を終わらせた。というネガティブな気持ちを抱くチームメイトがいない。とは決して言い切れないと思ってしまうのです。

もちろん、自分はあくまでもただの第三者のため、それまで頑張ってきたチームメイトですので、そんなことを言う仲間は一人もいないと思っていますし、あくまでも一個人の妄想でしかないところです。

 

ですが、そんなファンの立場一つだけ言えることはあります。

こんな終わり方、悔しさしかなく、言葉にならないほどの悲しみが生まれ続けているということは確かです。

 

甲子園という明確な目標が復活し、参加出来た中でも、ウイルスだけでその道が経たれ、3年生からすれば野球生活の終止符を強制的に打たせられる。

監督は、球児たちは、その両親は、学校の関係者は、どんな気持ちでこれを受け止めなければならないのか。誰もかける言葉が見つからないのが本音なはず。

加えて、俺たちの分まで。と言って去った元3年生たちも、この報告を聞いてどう思うのか。はっきり言って、何もプラスにならない。

 

そんな、誰もが納得出来ないゴールを無理やり切られてしまうなんて、はっきり言って去年よりも状況が酷くなってるとしか言えません。

 

そして、去年・そして今年と、この状況を見続けてきた1年生たちは、このあまりにも重すぎるタスキを受け取って野球をしなければならないのかと思うと、ただただ悲しくなってきます。

加えて、現在のコロナの感染状況が来年になって収まっているかは誰にもわからず、正直、1年半経っても何にも状況が良くなっておらず、むしろ日に日に悪化の一途を辿っている中で、はっきり言えば、来年も見えないコロナに気を付けながら高校球児たちは野球をしましょう!という未来しか見えないのです。

 

比較をするわけではないですが、テレビで連日のごとく放送されているオリンピックでは、選手や関係者がコロナになったというニュースも相次いで報道されています。

にも関わらず、こちらはその国ごとに辞退をするわけではない。という、同じスポーツなのにはっきりと優劣の差を見せつけられているかのようです。

コロナで出場を辞退した球児たちが、この状況を見て、どんな気持ちになるのでしょうか?

おわりに

というわけで今回は、あの夏の正解という本について紹介をさせていただきました。

 

この本は、去年の夏を精いっぱい駆け抜けた高校球児と監督たちの物語であると同時に、今年の悲しみをより如実に映し出す意味でも、高校野球が好きな人であれば一度は読んでほしい本です。

特に、早見さんが選手たちに最初にインタビューをしたときに必ずしていた質問がありますので、以下に引用させていただきます。

「すべての活動を終えたとき、2020年の夏がどんな夏だったのか、教えてほしい」

この質問に対し、高校野球生活を終えた、元球児となった高校生たちが語った言葉は、このコロナ禍の世界を生き抜く上でのヒントを教えてもらっているかのような気持ちにさせられるため、高校生よりも年齢が低い小・中学校の生徒。そして熱を忘れて今を生きている大人たち。この国に生きる全ての人に読んでほしいメッセージです。

それでは。


Posted by naishybrid