ACIDMAN LIVE TOUR “光学” ウェスタ川越 ライブレポート
約7年前のことになるが、こんなライブレポートを書いた。
正直、この日のライブが7年前というのも信じられないが、ただ、今となっては、このライブに行って、記録していてよかったと思っている。
(7年前だから文章下手くそだけど気にしないでください。え?今も下手?うるさいぶっとばすぞ。)
この時が、ACIDMANとして初となるウェスタ川越でのライブとなったが、この日以降、ACIDMANはこのウェスタ川越を度々ツアーの会場の一つに入れており、かつ、上記ライブレポートにも書いたことだが、ボーカルの大木伸夫(以下、本文では「大木」と記載)の出身地が、ここ川越である。
そのため、このウェスタ川越でのライブは、ACIDMANのライブの聖地の一つとなりつつあると言っても、間違いではないだろう。
そうして度々、このウェスタ川越でライブをしていたことに加え、自主イベントとなるSAIでは、川越の特設コーナーを出していたということもあってか、ついに今年、大木は川越市から、川越大使に任命された。
ただ、これは大木自身がこの日のライブのMCで言っていたのだが、この川越大使というのは、いわゆる、観光大使とは違うのだという。
実際自身でも調べてみたところ、今回の市の大使というのは、県の観光大使以上に、より地域密着型の大使であり、埼玉県全体の魅力を発信するというわけではなく、あくまでここ、川越に特化した魅力の発信が重要であり、かつ、川越大使に任命されるにあたって、その市への愛着やゆかりが何よりも重視されるものだという。
そのためか、筆者も色々なライブに行ってきた自負はあるつもりだが、この日の会場の物販エリアの一角に、先日、大木が表紙を務めた、広報川越が無料配布されていた。
もちろん、ライブで広報誌を貰うなんて経験をしたのは、初めてだった。
また、何度も言っているように、大木の地元である川越ということもあり、本日、関係者入場列には、ACIDMANメンバーの関係者。おそらくだが、同級生と思しき年齢の方々が長蛇の列をなしており、まさに地元ならではの光景が入場前から広がっていた。
この日は本ツアーの6本目だったが、ツアー全体で見れば、ちょうど折り返し地点であった。
そんな折り返しのライブは、地元であり、大使を務める土地。そんな場所でのライブだからこそ見れた光景もあり、間違いなくこのツアーのマイルストーンとなったこの日をレポートしていく。
開演時刻の18時30分を少し回った後、客電が落とされると、アルバムの1曲目を飾る光学(introduction)が流れると同時に、ステージに吊るされていた照明の1つが点滅を始める。
その中でメンバーが登場すると、ベースの佐藤雅俊(以下、本文では「佐藤」と記載)が手拍子を煽ると、それに合わせてフロア中も手拍子で迎え入れ、アルバムの曲順通り、アストロサイト、go awayへと入っていく。
このウェスタ川越は、ジャンプ禁止の会場なのだが、そんなことを感じさせないほど、フロアも1曲ごと、ワンフレーズごとにリアクションをしていき、このライブの後押しをしていく。
ようこそ僕らの街川越へと、川越大使ならではの挨拶を大木はしたうえで、アンプの上に置かれていた川越市の公式マスコットキャラクター、ときものぬいぐるみを持ち、この子とまずは一緒にMCをすることを伝える。
先にも触れた、川越大使になったことを伝えた後、蔵造りの街並みや時の鐘など、いわゆる小江戸周辺の街づくりや食べ歩きができることに触れつつ、今は東京に住んでおり、そちらでの生活の方が長くなっているものの、帰ってくる度に、ああなんて川越はいい街なんだろうと再確認させられ、今日遠くから来ている人で、宿泊もしている人は、できたら明日、川越観光をしてから帰ってほしいと、川越大使であるが、地元を大切にしているからこその言葉を紡いでいく。
ちなみに、元々そういったことに中指を立てており、バンドならばそういうのに中指立てて断るものなのかもしれないが、話を受けて1秒後にはやります!と、快くOKを出したという裏話を語った。
そんな大使の務めをばっちり果たした後、今回のアルバム光学について触れると、光について学ぶ、とあるように、この世のあらゆるものは何から生まれているかというと、光、であり、その光についての世界観で今日は展開していくため、アルバム聞いていない人は置いていくけど、もしアルバムを聞いていなかったとしたら、また帰ってから聞いてほしいという前置きをしたうえで、これまでと変わらず、生命や宇宙についてのことを歌っていくと語る。
ただ、大木自身も、自分の話が宗教っぽいと自ら茶化すものの、そのようなことを歌っている理由として、子供の頃からそういったことに興味があるのはそうだったが、楽しい音楽も当然あるが、自分はそれだけじゃ物足りないと語り、小さいバンドだけれど、それが人の心の深くに刺さって、その人の人生が、もっというと、世界が変わるくらいの音楽を表現したいと、ミュージシャンなら誰もの理想とも言える想いを口にした上で、今までも真剣に歌ってるけど、より真剣に。今日来てよかった、今日まで生きててよかったと思える最高のライブをするので、みんなで最高の1日にしましょうと投げかければ、応えるかのように大きな拍手が起こる。
佐藤君の煽りに負けないようにという言葉から、Oiコールを4回×2セットで始まるアイソトープからライブを再開させると、ACIDMAN初のタイアップ楽曲となったRebirthへと続ける。
さらに間髪入れず、ドラムの浦山一悟(以下、本文では「一悟」と記載するが、ACIDMANファンとしては下の名前で呼ぶ方が馴染みがあるのでご理解をいただきたい。)のドラムソロに繋げていき、佐藤もベースを重ねていく。そんなダンサブルなサウンドセッションから始まったのは、5thアルバムであるand worldに収録されているプラタナスだ。
この曲だが、ACIDMANのファンから見れば、いわゆる、レア曲に相当する楽曲であり、筆者も10年以上前に行われたレア曲が中心のツアーであるANTHOLOGY以来であり、まさか現在のツアーでこの曲が選ばれているとは思わなかったが、セットリストを知らないファンも同様のようであり、まさかの披露に驚きつつも、そのメロディを噛み締めるかのようにじっと聞き入るファンも周囲に多いのが印象的だった。
赤い照明がメンバー全員を照らす白と黒の後、再びのMCタイムへと入ると、次に演奏する曲は、feel every loveだと宣言をする。
そのうえで、この曲について触れ、愛を感じるという意味その通りに、光を感じる、生命を感じると歌っていると、歌詞の意味を日本語で伝えた上で、昨今の世界情勢について触れ、世界は不安定になっているという報道があるけれど、逆だよ、よくなっているんだよ。日本だって昔はこの国にいる人同士で殺しあってた。実際、争いごとは世界中でどんどん減っていて、今の争いは、人と人ではなく、考え方が違う者同士がぶつかっているんだ。だからお互いをもっと大切にしていけば、戦争も争いごとも無くせるんだと、大木は力強く、そう口にした。
もちろん、それが綺麗事だと、自ら言いながらもわかっているように、大木自身も綺麗事だと馬鹿にされるかもしれないと語った。だが、人間はそれを出来る。空を飛ぼうぜ、宇宙へ行こうぜと話してもバカにされていたが、でも実際、今人はそれが出来ていると、その綺麗事が現実となり、空も宇宙も行けているこの状況を説明すれば、その説得力が増さないわけがない。
確かに、語っていることは、綺麗事かもしれない。だが、この世界には、引き寄せの法則、というものがある。
思考や感情が現実を創る、という自己啓発の考え方であるが、しかしこの考え方を無意識のうちに実践している人は多い。例を挙げれば、大谷翔平選手もまさにそれを実践していた人である。
そう、無理だと思われていたことでも、出来ているのだ。
さらにそれだけでなく、このMCをを聞き、僕は、あるセリフを思い出した。
それは、仮面ライダークウガという作品で、主人公である五代雄介がとある回で語っていたセリフだが、以下に引用させていただく。
でも、だからこそ現実にしたいじゃない。本当は、綺麗事が、いいんだもん。これ(拳)でしかやり取りできないなんて、悲しすぎるから。
(引用元:仮面ライダークウガ EPISODE41『抑制』内1シーンより引用)
たかがヒーロー作品のセリフなんてと思う方もいるかもしれないが、この言葉は今まさに、この世界に起きていることを象徴しているかのように思えないだろうか?
もっと言えば、この作品は25年以上前の作品であるにもかかわらず、だ。
そして、今この世界の状況は、このセリフで言うなれば、間違いなく後者であろう。
だからこそ、拳でやり取りするのではなく、会話で、人と人はわかりあえる。そんな綺麗事こそが、本当には一番いいことであり、我々はそれを目指さなければならない。そして、引き寄せの法則でも言われているように、口に出したからこそ引き寄せられることだって絶対にある。
だからこそ、その大木の言葉を踏まえてから歌ったfeel every loveは、原曲を聞いたときもパワーのある楽曲だったが、誰しもがこの時だけは、綺麗事を信じている。そんな空気が漂っており、音楽で世界は変わる。音楽で平和はもたらされるんだと、この時だけはそれを間違いなく信じられた。
一度転換を挟むかのように、1/f(interlude)が会場に流れ出すと、会場に設置されていた照明が、星々の明滅かのように不規則に点滅をし、空気をまた変えていった後、ステージからの青いライトがフロアを照らした青い風、ギターとベースが中心となり展開していく龍と、壮大なバラードが続いた後、高速かつ、激しいハードなサウンドが特徴的な蛍光から、これぞACIDMANの真骨頂とも呼べる光の夜へと、アルバム通りに演奏を続けていくが、ここで、この日のハイライトとも言える場面があった。
光の夜の最後のところで、急に大木がマイクから離れたと思うと、大木はなんと感情が溢れ、涙を流しだし、歌えなくなる場面があった。もちろん、演奏は続けていたが、大木の代わりにその部分を歌うファンもいれば、じっとその様を見守るファンもいた。
普通、ロックバンドであれば、そういう場面が来たら、一緒に歌うものなのかもしれない。しかし、ACIDMANが作っている世界観を壊さないように、あえて見守るファンもいる。ある人が見れば、冷たく見えるのかもしれないが、そういう環境でもいい場合がある。歌わないことが、正解のライブ環境だってあるのだと、この時ばかりは、素直に納得できた。
そして、演奏終了後には、この日一番の、大きな拍手が送られた。
音楽ってそうなんだよ、気を抜くと色んな感情がどんどん生まれて、気づけば感情が溢れてしまったと、生まれた街でのライブだからこそ溢れ出てしまった感情を口にしたうえで、子供の頃、こどもの城という川越にある児童センターのプラネタリウムで、当時ハレー彗星が接近していたため、それをプラネタリウムで見たことを今でも覚えており、それが宇宙に興味を持つきっかけにもなったことを語る。
ただ、こうして感情が溢れたことについて、火は熱い・水は美味しいと同じくらい、大使は泣かない。なのに泣いてしまった(?)という謎の持論を言ったうえで、メンバーからも一言ずつ挨拶をという振りから、他2人のメンバーも一言ずつMCをしていく。
ここ最近は毎年ライブをこの場所でやっているが、毎年やっているにもかかわらず、いつも来るたびにこここんなにデカかったっけ?と、ドラムの一悟は1000人以上が入るこのホールの大きさに驚いており、今日がまさにツアーの折り返しのライブであることを語ったうえで、ライブを重ねるごとにどんどん良くなってるから、幕張は今日よりも良くなっている確信があるため、ぜひそちらにも来てほしいと語る。
大木も言ってたけど、今日はすごくいいライブが出来ていると、ベースの佐藤は語り、それはこの川越という町や、お客さんの熱量も相まってのことなのだろうと、端的にこの日の空気をステージ側から伝える。
2人のMCが終わった後、ここからライブは終盤に入っていくと語ったうえで、次に演奏する曲は、小さな歌という意味のsonetをやることを伝えたうえで、この曲はバタフライエフェクトをテーマにしていると語る。
歌詞でも歌われているが、君が流した涙は遠い国に降り注ぐ雨になるというのは、バタフライエフェクトの理論である、地球の裏側にいる蝶の羽ばたきが、時間を経過し、いつしかそれが竜巻や嵐になる可能性もある、という理論に繋がっている。
大木も川越に住んでいた子供の頃、寝ている時に頭の中にある自分のカメラを伸ばして伸ばしていき、街を越えた。地球を越えた。太陽を越えた。銀河を越えた・・・などの想像をしていた時、一つ一つを分解していくと、なんて小さいんだろうと思ったことを語り、そんな小さい小さい自分が先ほど流した涙が、どこかで雨になって、その雨のおかげで花が咲くこともあるかもしれない。あの花に足りない、あと1滴の雫になるかもしれないと、世界のどこかで起こるかもしれないそんな希望を口にする。
更に付け加えるかのように、なんで生まれたのか、死んだ方がマシだと思ってたけど、生まれて生きて死ぬ、一人一人の人生それこそが、宇宙を動かすエネルギーになっていると、ACIDMANのテーマの一つでもある生命・生と死ということにも絡め、誰もが小さいけれど、その一つ一つの全てに意味がある。生きているということそれ自体に意味があるのだと伝えるかのように、sonetをプレイする。
続けて、アルバムΛに収録され、一時はほぼ毎回ライブのセットリストに入っていたMEMORIESに入ると、ここで筆者は、あることに気がついた。
先ほどのMCでも小さい僕たちなど、度々大木は小さい、と口にしていたが、この曲の始まりも、小さな光という言葉から始まる。
ただ、先ほどのMCを踏まえると、この小さな光というのは、そのままの意味ではなく、特定の誰かや何か、つまり、命あるものや、形あるもの。そういったものを指しているのではないのだろうか、と。
そう思うと、この曲への理解が上がった。というよりも、ここでようやく、この曲が、わかった。そんな発見すらあったことや、ここ最近自らにあった大切な存在との別れも相まってか、気づけば僕自身もまた、感情が溢れ出してしまった。
終盤を盛り上げるかのように佐藤のアジテートの元、Oiコールが響く中、イントロのベースが強烈に響き渡り、Go!という合図から、デビュー曲でもある造花が笑うで、終盤の盛り上がりと会場の熱量をぐっと高めつつ、コールアンドレスポンスをする場面でもしっかり合わせられるのは、ずっと追いかけ続けてきたファンが多いからであろう。
しかし、プレイを終えた後、熱を止めないかのように、数度メンバー全員で音を合わせた後、一悟のカウントから始まったのは、今やACIDMANの代表曲の一つともなった、輝けるものだ。
強烈なサウンドに合わせ、大木はギターを掻き鳴らしながら、叫ぶかのように歌い、佐藤は一人動き回れる立場ということもあってか、ダイナミックに、アグレッシブにベースを弾き、一悟は正確に、腹の底に響くかのようなドラミングをする。
改めて思うが、ACIDMANは3ピースという最小単位のバンド編成であるにもかかわらず、そうとは思えないほどの音圧を常に感じ、3ピースバンドの可能性を常に広げているバンドであると、勝手ながらそう思っている。
次で最後の曲になってしまいましたと、もう今日のラストまでやって来たことを語ると、フロアから残念そうな声があがる。
ただ、ここまでやって来て、結局冒頭で語った、光学について全く説明をしていないことについて思い出したが、ただ、だからといって今最後にその話をしたいかというとそうではなく、心に思い浮かんでいることは、ありがとうしかないと、感謝を伝える。
特に今回は、故郷に錦を飾る公演でもあるため、同級生たちも数多く来ていたが、唯一後悔があることとして、飲み会を企画してくれたが、この公演の2日後には福岡でのライブがあるため、翌日は移動日となる・・・ということをとても悔しがっていた。
そのうえで、冒頭にも触れたこのウェスタ川越で初めてライブをした、川越いもの子作業所発のロックバンドであるいいもんズとの対バンライブにも少し触れ、住んでいたころにはこんな場所なかったし、元々はバンドがカッコいいからという理由で始めた音楽で、今ここでこんなにたくさんの人がいて、ライブが出来ている人生でよかったと、心の底から喜びを口にする。
その流れのまま、来月行われる、このツアーのファイナルである幕張メッセのライブについて、ライブ会場でチケットを売っているが、そのチケットを買った人だけが参加できる抽選があり、それで当たった人は、なんとライブ終了後に、メンバー3人とのミートアンドグリートに参加できるのだという。
ただ、そんなミートアンドグリートという、これまでにないことをしている理由なのだが、幕張メッセのライブはもう少しだけチケットを売りたいということや、13年も会社経営しているとお金にシビアになるということだそう。
つまりどういうことかというと、大木曰く、ミートアンドグリートは、釣り、だとのこと。
そんな裏話も交えたうえで、最後は、光学に収録されている最後の曲である、あらゆるものをプレイする・・・その前に、この曲について触れている中で、歌詞に、今はわからなくてもいいんだという話をしていると、客席のどこかにいるであろう子供、というより赤ん坊の声が、ちょうどタイミングよく響き、そうだよ。今はわからなくていいんだよと大木は優しく語りかける。
そのうえで、今はもう、わかっているであろう大人たちに向けて、音の洪水とも捉えられる轟音が響く中、光学の楽曲のタイトルを混ぜつつ、ACIDMANが掲げている生命、宇宙、光、生死など、ありとあらゆる要素を詰め込んだ強烈なメッセージソングである、あらゆるものを全力で演奏する。
最後には、佐藤と一悟がステージを後にした中、一人大木がギターを一音ずつ鳴らし、その一音一音に合わせ、1つの照明が、最初のSEとして使われた光学同様に点滅をしていく。
最後の一音を鳴らし終えると、どうもありがとうと短く感謝を伝えたうえで、ステージを後にした。
















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